Q.夫から離婚を切り出され、条件として、夫が自宅のローンを払い続けるので、生涯マイホームに住み続けていいと言われました。
この約束は絶対に守るつもりだし、公正証書に記載しても構わないから離婚してほしいと言われています。
幸い、自分も働いているので当面の生活費には困りません。
ですから、家にさえ住み続けられるのであれば、応じても良いと思っているのですが、なにか問題はありますか?
A.公正証書に記載された約束でも、強制的に実行できないことが少なからずあります。
離婚時の約束に絞ると、住宅ローンを支払い続けさせることや、面会交流の実行などがこれにあたります
つまり、公正証書作成によって、住宅ローンの支払い継続を強制的に実行させることはできません。
以下は、行政書士の立場からお伝えします。
公正証書に記載しても離婚後の相手の行動は強制できない
公正証書はもちろん、離婚協議書を含めて契約書を作成することにより決めておくべきことは、約束ごとを決めておくことだけでなく、約束が守られなかったときにどうするか?ということです。
なぜなら、約束した行動を、強制的に実行させることはできないからです。
金融機関との住宅ローン契約も、住宅ローン返済をし続けるという約束が守られなかった場合にどうするのか?ということが決められています。
住宅ローンの契約では、金融機関は、契約者による住宅ローン返済が滞った場合には、連帯保証人に請求するか、担保物件である自宅を処分する、ということなどを定めています。
つまり、住宅ローン返済をし続けるという約束が守られなかった場合の約束事を決めているのです。
なぜ、約束が守られなかったときの約束事を決めているのかというと、住宅ローンを返済し続けるという約束事を、強制的に実行させる手段がないからです。
同じように、あなたも相手方に対して、住宅ローンを返済し続けるという約束事を強制的に実行させる手段がないはずです。
ですから、離婚後も住宅ローン付きの自宅に住み続けられることを約束してもらうのであれば、住宅ローンの支払いが出来なかったときのことも決めておくべきです。
離婚協議書を公正証書で作成する効果
離婚協議書を公正証書で作成するときの正式名称は、『離婚給付等契約公正証書』と言います。
要すれば、離婚をするにあたっての約束事を記載した契約書であって、約束することの内容は、当事者同士で作成する離婚協議書とあまり変わりません。
一般に、離婚協議書に記載すべき事項は以下のような項目があります。
- 子供の親権者と監護権者
- 子供の養育費
- 子供との面会及びその他の交流
- 離婚による慰謝料
- 離婚による財産分与
- 住所変更等の通知義務
- 清算条項
- 強制執行認諾条項
当事者同士で作成する離婚協議書と、離婚協議書を公正証書で作成する場合の最も大きな違いは、上記例で一番最後に記載している強制執行認諾条項の有無です。
公正証書により強制執行認諾条項を記載することの一番の効果は、強制執行により相手方の財産に対して差し押さえできる、ということです。
当事者同士で作成する離婚協議書では強制執行できないのかというと、けっしてそういう訳ではありません。
しかしながら、当事者同士で作成する離婚協議書や、契約書をもとに強制執行するためには、訴訟を提起して勝訴し、その後強制執行の申し立てをするという手続きが必要です。
その他にも、支払い督促の申立てという手続きがありますが、いずれにしても裁判所に対して法律上の手続きをする必要があります。
相手方の争いの姿勢にもよりますが、実際に支払いが滞ってから強制執行の手続きができるまで、何ヵ月もかかります。
この点、公正証書を作成しておくと、裁判所に提訴することなく強制執行の手続きが可能であるということが、公正証書を作成しておくことの利点のひとつです。
ただし、強制執行できることは相手の財産を差し押さえることだけです。
住宅ローンの返済を強制することや、こどもとの面会交流を強制的にさせることなどはできないのです。
離婚後に住宅ローンの支払いが滞ったらどうなるのか?
あなたが連帯保証人であった場合を想定して、話しを住宅ローンの支払いに戻します。
住宅ローンの支払いが滞ってしまった場合、住宅ローンを扱う金融機関からは、連帯保証人であるあなたに対して請求が為されます。
このとき、あなたが住宅ローン返済額の支払いが出来なければ、自宅を売却して返済に充当することを検討せざるを得なくなります。
相手方やあなたが、いくら自宅を売らないで欲しいと懇願したところで、債権者は一定の手続きを経て、最終的には競売手続きによって、自宅を他者に渡して債権を回収し、あなたに対しては退去を要求してくるでしょう。
このとき、自宅の価値がローン残高よりも上回っていれば、自宅を売却することにより住宅ローンの返済することが可能です。
しかしながら、自宅の価値がローン残高を下回っている、いわゆるオーバーローンの状態であると、自宅を売却しても借金だけ残ることになります。
ローン名義人である相手方に対して残額を支払うよう請求されることはもちろん、連帯保証人であるあなたに対しても、残額を支払うよう請求されることになります。
ローン残高と自宅の時価を把握しておくことが大事であるということです。
離婚後の自宅の名義はどちらのものなのか?
そもそも、あなたにこのまま自宅に住んで良いという意味は、慰謝料代わりに自宅をあげるという意味なのか、相手方の物に無料で住み続けて良いという意味なのか、少しあいまいです。
本来であれば、離婚するにあたり、財産分与や慰謝料の請求をしても良いので、自宅をもらうという意味なら理解できます。
しかし、相手方の不動産にタダで一生涯住み続ける権利をもらうという意味になると、離婚時に清算する方法としては、離婚後にトラブルの原因になりかねないと思われます。
そして、ご相談のような内容で公正証書を作成するのであれば、支払いが滞った場合の約束事を決めておくべきです。
なぜなら、住宅ローンの支払いが滞ってしまい、自宅が金融機関の手続きによって他者の物になってしまった場合、あなたは退去せざるを得なくなり、手元には何も残らないことになってしまうからです。
やはり、財産分与としての分与額を決めて、自宅についてもその金額相応の持ち分を主張するなどすることも考えられます。
しかし、離婚後に自宅が共有物となるので、やはりあまり良い方法とは思えません。
住宅ローン完済後に自宅を渡すことを約束する場合
『自宅の権利はすべて渡す。住宅ローン完済後には名義を変える。』などという申し出がある場合は、離婚後速やかに、自宅の名義を変えることを検討してください。
よく、『住宅ローン支払い中に名義変更をすると、契約違反になるので銀行からローン全額を請求されるのですか?』という相談を受けます。
しかし、離婚を原因として名義変更を希望する場合には、事情を話して離婚協議書に記載し金融機関の了承を得れば、契約違反により一括請求される可能性はほとんどありません。
また、別れる夫に対して住宅ローンの支払いを約束させるのではなく、あなた宛に、住宅ローン支払い相当額の支払いを約束させ、あなたが連帯保証人として支払った方がよいです。
そして、相手方の住宅ローン相当額の支払いが滞ったときに、相手方または保証人に対して遅滞した金額を差し押さえる、という内容にするべきです。
特に、あなたが住宅ローン支払いの連帯保証人になっているのであれば、上記のような内容の公正証書を作成しておく効果はあると思います。
ただし、相手方の給与等が不安定であったり、見るべき資産がない場合や親族の連帯保証人がいない場合は、実効性は高いとは言い難いと言わざるを得ません。
あなたが自分で住宅ローンを支払うつもりがある場合
相手方の住宅ローンの支払いが滞った場合は、自分でも返済し続けるつもりであるという覚悟と、それに見合う資産や収入があるのであれば、何も相手の行動に頼ることなく、離婚を機に、あなた名義の住宅ローンの契約をすべきだと思います。
このとき、離婚協議中であったり、住宅ローンを取り扱う金融機関が夫婦間売買を嫌う金融機関であった場合には、審査を断られたり、交渉が難航する場合があります。
この場合でも、審査基準は金融機関によって少しずつ違いますので、あきらめずに他の金融機関に対して交渉を続けるべきです。
当センターの事例でも、離婚を前提とした住宅ローン審査や、名義の変更を承諾する事例がありますので、全く可能性が無いわけではありません。